My Human Gets Me Blues

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2008-06-15 [長年日記]

_ [Music] Blow Lynn Blow / Lynn Hope

Blow Lynn Blow(Lynn Hope)

イスラム教に改宗した黒人ミュージシャンはかなりの数に上るが、公民権運動が盛んになる1960年代より前の改宗者は、その多くが信仰より「実利」を求めての宗旨変えだったようである。何せ、イスラム教徒になってイスラム名を名乗るだけで、黒人お断りのレストランで食事をしたり、ホテルに泊まったりが可能になったのだ。

ただ、中には本当に心からイスラムの教えに帰依した人もいるわけで、このリン・ホープなどはその好例と言えるだろう。ジャケ写にもなっているターバン姿のインパクトが強いので前から聞いてみたいとは思っていたのだが、実際に演奏を聞く機会があったのはつい最近のことである。このCDは1950年代初頭のAladdinレーベルへの吹き込みを集めたもので、ホープ名義では現在最も入手しやすいものだと思うが(音量レベルがまちまちだったりしてあまり製品としての出来はよくない)、それにしてもアラジン専属のターバン男というのはちょっと出来すぎた話ではないか。ちなみに、ホープのイスラム名はアル・ハッジ・アブダラ・ラッシード、メッカ巡礼にも出かけたというから相当な本格派である。ちなみに彼の改宗のきっかけになったのはトランペッターのアイドリース・シュリーマンらしいが、ホープは自分の兄弟姉妹やバンドメンバーもイスラムに改宗させ、妹のミリアム(ピアノ)、弟のビリー(ドラムス)を含むイスラム教徒だけで構成されたバンドを率いていたそうだ。

ホープは、大きなくくりで言えばホンカーに分類されるサックス吹きだと思うが、実のところあんまりホンクもブロウもしない。どちらかと言えば割にフツーなジャズ・サキソフォニストである。1950年には「テンダリー」をビルボードR&Bトップ10の8位に送り込んでいるが、元がバラードで演奏されることの多い曲だし、ホープもワルツにアレンジして淡々と吹いている。何でそんなに受けたのか正直今となってはよく分からないが、まあ別に悪い演奏ではない。高音域を中心になめらかにソロを綴るさまは、どことなく後年のコルトレーンのバラード解釈を思い起こさせる(ホープにしろコルトレーンにしろ、本当のお手本はジョニー・ホッジズなのだろうが)。ちなみに、ホープのクインテットはコルトレーンが育ったフィラデルフィアの「ショウボート・クラブ」に長期出演していたそうなので、おそらくコルトレーンはホープの演奏を聞いたことがあるはずだ。後年ジャマイカやイギリスでホープのSP盤が再発されることもあり、スカにおけるサックスの吹き方にも影響を与えたらしい。

とまあ、こんな人で、60年代末には引退してしまいその後の消息も不明なのだが(どうやら1986年に亡くなったらしい)、今回聞いて一番びっくりしたのは「ミザルー」をやっていることだ(1955年の録音)。タランティーノのパルプ・フィクション [DVD](クエンティン・タランティーノ)のあれである。まあ、「ミザルー」はいわばギリシャのスタンダード曲みたいなものなので別に誰がやっていても不思議ではないのだが、ホープはディック・デイルのヒリヒリするような一種病的なバージョン(たとえばこれ)とは違い、これまた非常に淡々と吹いているのだった。