My Human Gets Me Blues

Syndicate RSS Syndicate LIRS

2003|02|03|05|06|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|05|06|07|09|10|11|12|
2006|02|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|08|09|10|
2010|05|06|
2011|04|05|09|10|12|
2012|01|10|12|
2015|08|

2006-07-29 [長年日記]

_ [Music] Complete Live At The Five Spot 1958 / Thelonious Monk Quartet with John Coltrane

COMPLETE LIVE AT THE FIVE SPOT 1958(THELONIOUS MONK QUARTET WITH JOHN C)

去年の春、忽然と姿を現したThelonious Monk Quartet with John Coltrane - At Carnegie Hall(Thelonious Monk/John Coltrane)の発掘には本当に驚かされた。モンクとコルトレーンというジャズ史上屈指の巨人のキャリアを事実上スタートさせ、当時から極めて高い評価を得ながらも、契約上の問題でついにまともなライヴ録音を残すことが出来なかった伝説のクワルテットの音源が、録音から半世紀近くを経て、全く誰にも知られぬまま、しかもあそこまでの高音質で残っていたというのは奇跡としか言いようがない。

ただ、個人的な好みを言わせてもらえば、このクワルテットのレギュラー・ドラマーだったシャドウ・ウィルソンは堅実なタイム・キーパーではあるけれども、地味すぎてスリルに欠ける。モンクと最も相性が良かったドラマーはアート・ブレイキーだったと思うが、ブレイキーのように押さえるべきところは押さえつつも、あの手この手で派手にバンドを煽ってくれる人が後ろにぴったり張り付いていると、演奏の熱気が2、3℃は軽く上昇するのだ。

ところで、モンク〜コルトレーン・クワルテットの音源が日の目を見たのは、このカーネギー・ホールでのライヴが初めてではない。当時のコルトレーン夫人だったネイーマが、ライヴハウス『ファイヴ・スポット』に長期出演中のクワルテットの演奏を客席からポータブル・テープレコーダーで録音していたものが、1993年にLive at the Five Spot(Thelonious Monk Quartet/John Coltrane)として発表されている。ただ、何せ素人が録ったものだけに音質的にかなり厳しいものがあり、しかもまずいことに最初に出たCDは半音くらいピッチが高くなっていて、聴いていて気持ちが悪くなってくるような代物だった。おまけに後年の調査で、実はこれはコルトレーンがレギュラーとしてクワルテットに参加していた1957年の録音ではなく、その1年後の1958年9月11日、当時はレギュラーとしてジョニー・グリフィンを擁していたモンク・クワルテットに、グリフィンの代役としてコルトレーンが客演したときのものらしいということが判明している。ようするに、もう二人が袂を分かった後の録音だったのですね。今回紹介するCDは、このネイーマ録音の音源のピッチを修正し、かつ二曲ボーナストラックを追加した再発盤である。

音質面に関しては、古いCDはもうずいぶん前に叩き売ってしまったので今比較することができないのだが、記憶の中のあのCDの音質よりはずいぶん良くなっているような気がする。と言っても、元が元だけにお世辞にもハイファイとは言えないのだが、少なくとも各楽器の音の分離は良くなっているような気がするのだ(ベース・ラインもきちんと聞こえる)。リマスター万歳。ちなみに、『ファイヴ・スポット』の当時のピアノの調律は一貫して狂っているので、ピアノの音がキンキンと変なのは録音のせいではない。いずれにせよ、今回は聴くに耐える音質と言っても良いと思う。まあ、慣れていない人には辛いかもしれませんが…。

演奏そのものに関しては、ドラムスがシャドウ・ウィルソンではなく、モンクともコルトレーンとも相性の良いロイ・ヘインズというのが大きい。ブレイキー同様、ヘインズも煽り系のドラマーなので、例によってバシバシと果敢に攻め込んでバンドを前へ前へと牽引している。一体感やレギュラー・バンドならではのまとまりこそあれ、ややよそ行きという感じだったカーネギー・ホールでのかしこまった演奏よりも、勝手知ったるジャズ・クラブで(しかもゲストという気楽さで?)後先考えずに吹きまくっているコルトレーンのほうがかっこいいと私は思う。モンクもいつになく弾けており、異様なノリの良さを見せている(例えばEpistrophyの出だし)。なにより、音質のせいもあって全体的にアナーキーなやけっぱち感が漂っているのがたまらない。私にとって、ジャズの魅力とはこういうもののことだ。

ところで、今回追加された二曲のボーナストラックだが、これは謎の多い音源である。これは去年、モンクの息子のT.S.モンクが運営するThe official Thelonious Sphere Monk Websiteに突然アップロードされたもので、なぜかすぐ消されてしまった。噂では、モンクを始めとするジャズ・ミュージシャンたちの後援者だったパノニカ・ド・ケーニグスウォーター男爵夫人が、ネイーマ同様個人的に録音していた、1957年のモンク・クワルテットの演奏だと言う。実際ドラムスを叩いているのは、どう考えても(スネアを多用する)ロイ・ヘインズではなくシャドウ・ウィルソンだし、コルトレーンの演奏もどちらかと言えば1957年ぽい。パノニカ男爵夫人のコレクションは、男爵夫人が住んでいた家に猫が多く住み着いていたことから"Cat House" Tapesと呼ばれており、なんでもパーカーとモンクのライヴの場における共演や、ショパンなどクラシックを華麗に弾くモンク、あるいはモンクとソニー・クラークやバリー・ハリスとの連弾など珍妙不可思議な音源が250時間ぶん以上も遺されているらしいのだが、ほとんど日の目を見ていない。たぶんモンクとコルトレーンの共演音源もまだまだあるのだろう。早く聴いてみたいです。